毛衣一族の日記 犬とキャンカー等様々に


犬、アウトドア、旅行、キャンピングカー TOM200・・・
日々をきままに綴っていきます

虹の橋に旅立っていきました  2018.3.24

クルーが虹の橋を渡っていきました
9歳と3か月、我が家にきて9年と1か月でした
今朝、7時50分のことです

まるで眠っているようです・・・・


3/22の午後、K3は鳥取に向けて出発していきました
その直後から、元気な姿を見せられて安心したのか
クルーの体調はみるみるうちに悪くなっていきました


K3が家を出た日の午後、
自分の居場所を動くのにも足腰が立たず、
フラついて歩くようになり
食事はほとんど食べず、水すらあまり飲まなくなりました


3/23、昨日は、動くこともままならなくなり
食べ物も水も朝から全く受け付けません


夕方、K4が何か食べているのを見て
やっとクルーが食べたいような表情を見せたので
K4が大好きな肉を焼いて与えても食べず
もっと大好きなカステラも食べず
それならと卵焼を焼くと、2かけ食べるのがやっとだったそうです
その卵焼きも夜にはそのまま吐き出してしまいます


昼過ぎにはドロドロの黒い血便を何度もして、
テラスは黒い便まみれになり、
部屋もリビングも廊下も点々と黒い便がついてしまいしまた
留守番をしていたK4は1人で何度もトイレ洗い、
室内を拭き掃除と後始末を頑張ります


職場から私が帰宅した夜、クルーは動けなくなっていました
家の中ではまだK4が血便の後始末にてんてこ舞い
慌てて片付けを手伝います


一時間に1~2回、強い痛みが襲ってくるようで
痛みが来ると荒い息をして体を身じろぎ
その度に「痛いの?」「お水飲みたいの?」「トイレなの?」と
家族がクルーのまわりに集まります


クルーは阻喪をしてはいけないと思っているようで
最後のトイレもK1に肩、私に腰を支えてもらいながらも
歩いてトイレで用を足してくれました
(結局最後まで、クルーは阻喪はしませんでした)


治る見込みのない状態で、これ以上苦しませるのは残酷と
帰宅したK1と相談しました
自然に虹の橋を渡ってもらうにか、獣医さんに助けてもらうのか・・・


獣医さんにお願いする決断ができない
とK1はその晩、決めることができませんでした


私は子供のころ愛犬がジステンパーで虹の橋を渡った時
最後の凄まじい3日間の苦しみを経験していたので
そこまで「自然に」とクルーを長く苦しませるつもりはありませんでした
自然にその時を待つのであれば
まだ数日は、今の状態よりさらに悪くなり
目をそむけたくなるような苦しみが待っていると覚悟していました


K4は週明けから1人で抱えられない上に、これ以上悪化する
大きな犬の介護はできないと苦しい表情で打ち明けてくれました


長い、長い、話し合いの夜の後、
K1は考えたいとクルーのいるリビングで休みました


朝、吹奏楽部のコンサートがあるK5の支度で早起きの土曜です
クルーは、弱った体を起こすこともできず
横たわったままで荒い息をしています
痛みが来ると、体をよじり息がさらに荒くなります


K1は病院に任せようと決断してくれました
9時の開院と同時に往診をお願いしたいところですが
土曜の混雑した病院では我が家のためにお願いするのは難しい
でも、最後の場所が大嫌いな病院というのはクルーには酷
考えてキャンカーで連れていくことにしました
大好きなキャンカーの中ならば、病院よりはいくらかマシだろうと
最後の処置も先生にお願いしてキャンカーの中でお願いしようと


学校に行くK5に具合の悪いクルーは帰宅前に逝くかもしれない
最後のつもりで挨拶をして出かけるよう声をかけると
K5はいつもより長い長い間、クルーの頭をなでて出発


自宅休み組が慌ただしい朝食をすませ
「そろそろ、病院へ行く準備をしよう」と腰を上げた時
急にクルーの前足が急にバタバタと宙をかき始めました


起き上がりたいのかと思いみんなで体を支えても
なぜか起上がりたいいう力がクルーの体にありません
どうしたいのかわからず困っていた瞬間
クルーは大きく体をひねり、
自分の尻尾のほうに頭を伸ばし、体にぐんと力が入りました
がんと診断されてから腹部が痛いクルーができなかった体勢です


異変に気付いた私がクルーの顔を見ると
目はガラス玉のよう、顔には全く表情がありません
「クルーが逝ってしまうっ」
と思わず叫んだ私の声でK1とK4は事態が呑み込め
クルーの体のあちこちを名前を呼びながら撫でていました


一瞬の後、クルーは大きな息を一回すると
体の力が急になくなり、頭はゆっくりと元の位置に戻りながら
虹の橋に旅立っていきました
私たちの「ありがとうね」「いい子だね」という声を聴きながら


本当に数分間のあっという間のできごとでした


私とK1が転勤前のお出かけにと、3連休を取っていた連休の初日
K1が自分の死を受け入れてくれるのを待ち
K3が鳥取から自分に会いに来てくれるのを待ち
K4が起きてくるのを待ち
K5が最後の挨拶をしてくれるのを待ち


私が4月から新しい職場でクルーの世話ができなくなるのを知っているように


一緒に留守番をしていた子供達がそれぞれ成長して
一緒に留守番をしなくても大丈夫になったのを待っていたかのように


家族みんなにクルーらしい優しい気遣いをみせ、
桜の季節まで約束どおり頑張って、
クルーは旅立っていきました


本来であれば、落ち着いてからブログを更新しようかと思いましたが
今、ありのままを残したいと思いアップしました


ご心配いただきました皆様
クルーはあまり長くつらい苦しみがなく、
幸いなことに、あっけないほど急に旅立っていきました
長文・乱文ですが
ここまでお読みいただき、ありがとうございました


K2


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